「1日1万歩」は本当に必要?循環器専門医が解説する「歩くこと」と健康の関係
「健康のためには、1日1万歩歩きましょう」
一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。しかし、毎日スマートフォンの歩数を見て、「今日は3,000歩しか歩いていない」「1万歩なんて到底無理」と諦めてしまう方も少なくありません。
では、本当に健康のためには毎日1万歩が必要なのでしょうか。
結論からいうと、1万歩は絶対に達成しなければならない数字ではありません。最近の研究からは、もっと少ない歩数でも健康上のメリットが期待できることが分かってきています。
今回は循環器専門医の立場から、「結局、1日何歩くらい歩けばいいの?」という疑問について、研究データを交えながら分かりやすく解説します。
歩くことはもっとも身近な運動
ウォーキングの良いところは、特別な道具や施設を必要とせず、年齢を問わず始めやすいことです。
歩行などの身体活動を増やすことは、肥満や高血圧、糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病の予防・改善につながります。さらに、心血管疾患の予防、筋力や身体機能の維持など、さまざまな健康上のメリットが期待できます。
循環器診療をしていると、「運動した方がいいのは分かっているけれど、運動する時間がない」という声をよく耳にします。
しかし、健康のための身体活動は、スポーツウェアに着替えて30分走ることだけではありません。
買い物で歩く、掃除をする、階段を使う、駐車場の少し遠い場所に車を停めるなど、日常生活の積み重ねも立派な身体活動です。
1日1万歩にこだわる必要はありません
では、1万歩という数字にはどのくらい意味があるのでしょうか。
歩数と健康の関係を調べた代表的な研究の一つが、2022年に医学誌『Lancet Public Health』に掲載されたメタ解析です。15の研究、約4万7,000人を解析したところ、1日の歩数が多い人ほど全死亡リスクが低い傾向が認められました。
興味深いのは、そのメリットが1万歩になって突然現れたわけではないことです。
解析では、60歳以上ではおよそ6,000~8,000歩/日、60歳未満ではおよそ8,000~10,000歩/日付近まで、歩数が増えるにつれて死亡リスクが低くなる関連がみられ、その後は関連が緩やかになりました。
つまり、1万歩に届かなければ意味がないというわけではありません。
もちろん、これは「6,000歩歩けば十分」「8,000歩を超えて歩く意味はない」という意味でもありません。歩数は健康を考えるうえでの一つの目安と捉えるのがよいでしょう。
日本人は1日何歩を目標にすればいい?
日本では、厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」が参考になります。
厚生労働省が示す身体活動の目安は以下の通りです。
| 対象 | 1日の身体活動・歩数の目安 |
|---|---|
| 成人 | 歩行またはそれと同等以上の身体活動を1日60分以上(約8,000歩以上/日) |
| 高齢者 | 1日40分以上(約6,000歩以上/日) |
ただし、ここで大切なのは「8,000歩歩けないなら意味がない」と考えないことです。
普段2,000~3,000歩しか歩かない方が、突然8,000歩を目標にすると負担が大きく、長続きしないことがあります。
まずはご自身の現在の歩数をスマートフォンなどで確認してみてください。3,000歩ならまずはそれより少し多く、4,000歩なら5,000歩を目指してみましょう。今より少し多く動くことが現実的な第一歩です。
少ない歩数からでも健康へのメリットは期待できます
「8,000歩なんて無理だから、自分には関係ない」と思う必要もありません。
2023年に米国心臓病学会誌『Journal of the American College of Cardiology』に掲載された11万人以上を対象としたメタ解析でも、比較的少ない歩数から全死亡や心血管イベントのリスク低下との関連が示されています。
健康づくりでは、0か100かで考えないことが大切です。例えば、以下のような小さな工夫でも日常の活動量を増やせます。
- 夕食後に10分だけ散歩する
- 買い物のときに少し遠回りする
- 近い階への移動なら階段を使う
- 駐車場では施設から少し遠い場所に停める
- 愛犬の散歩時間を少しだけ延ばす
診察室でも「毎日1万歩歩いてください」と一律に指導するより、患者様が今どのくらい動いているかを確認し無理なく増やすことを重視しています。
歩数だけでなく身体活動全体の質も大切
歩数はスマートフォンやスマートウォッチで簡単に確認できるため、とても分かりやすい指標です。しかし、健康づくりは歩数だけではありません。
体力に余裕のある方はウォーキングに加えて、少し息が弾む程度の運動や筋力トレーニングを取り入れることもおすすめです。
特に高齢になると、歩数だけでなく筋肉を維持して転倒せず自分の足で歩き続けられることが極めて重要になります。数字だけに過度にとらわれず、身体活動全体を増やしていく視点を持ちましょう。
心臓に病気がある方は無理なウォーキングに注意が必要
循環器専門医として、もう一つお伝えしたい重要な点があります。
運動は心臓や血管の健康維持に欠かせませんが、すべての方が同じ運動量を行えばよいわけではありません。
特に、歩いているときに以下のような症状が出る場合は、無理をして歩き続けないでください。
- 胸の痛みや圧迫感
- 強い息切れや動悸
- めまい、立ちくらみ、失神しそうな感覚
これらの症状の背景には、狭心症、不整脈、心不全などの疾患が隠れている可能性があります。すでに心臓病の治療を受けている方は、病状によって適切な運動強度が異なりますので、無理をせずかかりつけの医療機関へご相談ください。
まとめ:1万歩にとらわれず昨日より少し多く動くことから
健康のために大切なのは、1日1万歩という高い数字を無理に達成することではありません。
厚生労働省のガイドラインでは、成人で約8,000歩以上/日、高齢者で約6,000歩以上/日が目安とされていますが、研究データからはそれ以下の歩数であっても歩くことで十分な健康メリットが得られることが分かっています。
「1万歩歩けなかった」と悔やむのではなく、「今日はいつもより少し歩けた」と前向きに捉えることが、運動を長く継続させる秘訣です。
まずは今日、スマートフォンで普段の歩数を確認し、一歩多く歩くことから始めてみましょう。
参考文献
- Paluch AE, et al. Daily steps and all-cause mortality: a meta-analysis of 15 international cohorts. Lancet Public Health. 2022;7:e219-e228.
- Stens NA, et al. Relationship of Daily Step Counts to All-Cause Mortality and Cardiovascular Events. J Am Coll Cardiol. 2023;82:1483-1494.
- 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」
